ぷりん
その日、仕事を終えた俺は、吾郎の遠征先に向かう為、新幹線に乗っていた。
以前から、週末にこうして野球を見る為に遠出することはよくあった。行き先は違っても、向かうスタンドはいつも同じ、赤と白。
だから吾郎と会う約束をしている今回の旅行も、勿論それを違える気はない。
恋人だろうが何だろうが、これはこれ、それはそれだ。
新幹線の中で、俺は菓子パンを食べながら、暇潰しの為にと買った写真週刊誌を読んでいた。
……やっぱり、漫画雑誌にしておくべきだった。政界や女優のスキャンダルなんか読んでも、何も面白いものはない。
まぁどうせ、降りたら捨ててしまう雑誌だと思いながら、適当にページを捲っていると……。
「…………」
目に止まったのは、数日前、スポーツ新聞でも取り沙汰されていた、某噺家の不倫と、長寿番組降板の記事だった。
そう、新聞で見た時から、実はずっと気にかかっていた。
不倫だ降板だ、がではない。
問題は、そこに掲載されていた写真だ。
職場でも、上司達が笑いのネタにしていたが、自分の逸物にプリンを塗って食わせるとか、一体どんな変態行為だ。
……あぁ、うん。
いるんだよな。
やりそうなのが、あまりにも、身近に。
勿論、そんなこと言えるはずもなく、調子を合わせて笑ってはいたが、内心かなりヒヤヒヤしていた。
すべてのページを適当に読み流し、軽い眠気が訪れかけていたところで、新幹線は目的地に到着した。
慌てて荷物をまとめて降り、改札を出ると、吾郎が迎えに来ていてくれた。
「吾───」
呼ぼうとして、一瞬躊躇う。
現役を退いたとはいえ、この地で「ノゴロー」といえば、ちょっとした恨みの対象だ。
サングラスもかけているようだし、あまり、目立たせるようなことはしたくない。
「けーちゃんお疲れー、ホテル、チームの宿泊先とは別にとってあるから、今夜はゆっくりできるよー」
「あ、あぁ……有難う」
少しだけ、体温が上がった気がした。
そんな俺の顔を、吾郎はニヤニヤ見つめてくる。
「……」
「まァでもその前に、まずは夕食かな?」
微妙に視線を逸らそうとする俺に気付いてか、美味しいお好み焼き屋があるからと、先に立って歩き出す吾郎。
俺は周囲の目を気にしながら、足早に、吾郎の後を追いかけた。
吾郎の連れていってくれた店のお好み焼きは、とても美味しかった。
しかし流石に、店の中でサングラスをしているわけにはいかなかったので、店員や、野球好きな客達には、吾郎が誰なのかすぐに分かってしまったようで、ちらちらと、こちらへ視線が向けられているのが分かった。
こういう時、男同士というのはある意味気が楽かもしれない。
これがもし、男と女だったなら、あっという間に写真週刊誌の的だ。
まァ尤も、俺達の関係が知れたら、男女間どころの騒ぎではないだろうけれど。
「デザートは、有名デパ地下の限定スイーツ買ってホテルに置いてあるから、帰ってから食べようねー」
その言葉に、俺はまたドキッとした。
スイーツ……まさかプリンじゃあるまいなと。
けれど、この場でそんなことを聞けるはずもなく、食事を終えた俺達は、タクシーに乗って宿泊先のホテルへ向かった。
ホテルに着いて部屋にはいると、ベッドは思ったよりずっと大きかった。
これなら、寝相の悪い吾郎と一緒に寝ても……などとつい考えてしまうあたり、俺も大概、期待している。
「はーい、けーちゃんお待ちかねの、デパ地下スイーツー!」
「え……っ、うっわ!!」
吾郎が冷蔵庫から取り出した箱の中身を見て、俺は感嘆の声をあげた。
葡萄のタルトに、洋梨のムース、ガトーショコラ、レアチーズケーキ。
そしてプリンはない。
俺は、内心で胸を撫で下ろしつつ、そっと吾郎に懺悔した。
すまない、吾郎ならやりかねないというか、絶対やるだろうと思っていて、本当にすまない!
「じゃあ俺、先にシャワー浴びちゃうから、けーちゃんは好きなケーキ全部食べてていーからねー♪」
「あぁうん、有難う!」
そう言うと、吾郎はさっさとバスルームへ向かってしまった。
「ふぁ……!」
まず、どれから食べよう。
俺の頭は、この時、そればかりで一杯だった。
吾郎が戻ってきたのは、俺が、2つ目のケーキを食べ終えた頃だった。
「お待たせー」
「ん、じゃあ俺も……」
「あっ待って、けーちゃんはこのまま」
フォークを置いて立ち上がろうとする俺を、腰にタオルを巻いただけの吾郎が制止する。
「折角の汗のにおいが流れちゃたら勿体ないし?」
あっ、いつもの吾郎だ。
「何言っ……、ン……」
呆れる暇もなく重ねられる唇。
熱を帯びた吾郎の手が、胸元へ滑り込んでくる。
それだけで、スラックスの前は膨らんでしまい、それを吾郎に見つかって、にやりと笑われ、ベルトを引き抜かれてしまった。
「……ふ、は……ッ、吾郎……」
無抵抗だった……というか、協力的だったというのもあるかもしれないが、吾郎は本当に手際がいい。
俺はあっという間に服を剥がされ、まずはこのまま絨毯の上で抱かれることになるのか、それともベッドに上がるのかと、仰向けのまま、情欲の滲み始めた瞳で吾郎を見上げた。
ところが吾郎は、俺に軽い口付けをひとつすると、身を離し、冷蔵庫へ向かってしまった。
「えっ……?」
しかも何故か、鼻歌交じりだ。
どうしたのだろうと、俺は半身を起こし、ベッドに寄りかかった。
そして、すぐに戻ってきた吾郎の手には、小洒落たデザインの小さな紙袋が提げられていた。
「じゃーん! けーちゃんの、今夜のスペシャルデザートー!」
「!!」
紙袋の中から、吾郎が嬉々として取り出したそれを見て、俺は頬を引きつらせた。引きつらせたまま硬直した。
やっぱりか!!
やっぱりプリン、買ってたか!!!
「毎日限定50個の、超人気プリンなんだってさーこれ」
硬直した俺を見て、吾郎も、俺が何を予測したか気付いたらしい。
が、そうなれば、止めるどころか寧ろ絶対決行に移すだろうということは、もう今更考えるまでもない。
吾郎は、分かり易いほど悪戯少年な笑みをこちらへ向けて、腰のタオルを取り去った。
そして……
「さ、残さず召し上がれ♪」
逆さにされたプリン容器。
中身は当然、吾郎の股間にべったりとぶちまけられた。
「だーいじょうぶ、これ、不倫じゃないから」
「そういう問題じゃないだろ!」
「で、食べる? 食べない?」
「……食べる」
ここで抗えない辺り、惚れた弱みか、すっかり感化されたのか……。
まぁ、こうなったら。
明日の試合に支障来すくらいに、いっそ朝まで、とことん付き合ってやる……!
……というか俺も、多少じゃ満足できそうにないしな……。
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